最近の日記

新ブログ移行のお知らせ

本ブログは以下のアドレスに移転しました。

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今後ともよろしくお願いいたします。

大会へ行けば必ず会える顔

  こんばんは Rさん
 今日午後は第15回松戸川柳大会へ出かけ、選者を務めてきました。12時過ぎに会場の松戸市民劇場に着きましたが、195人の参加者で盛会でした。13時に投句が締め切られると、早速選句作業に入り、14時には入選43句を決め、当日の上位賞を選者全員の投票で決めました。

 河合市長や杉浦市議会議長の祝辞のあと、課題8題の披講が始まり、私は最後の「ロング」の入選句を発表しました。披講の前に、松戸市は6歳から24歳までを過ごし、墓もあるので愛着のある町であると述べました。川柳人以外の人にも分かる句を上位に抜きました。

 子ども心に母は父よりこわかった    乱魚
 しびれるとテープを投げる癖があり   同

が、他の選者から抜かれました。松戸のな兵衛というところでグラスのビールを飲んで帰りました。

 帰宅すると、喪中の葉書が5通来ていました。中に大阪での職場の関口龍男課長の奥様からのものがあり、手紙でお返事を書きました。経団連元事務総長の三好正也さんからも奥様ご逝去の喪のお知らせがありました。哀悼の意を表します。

 昨19日の皇居見学についてメンバーの石川瑛君から感想メールが来たので、昨日のこのサイトの記事を返送しました。会の記録にも使えるように書いたものです。

                    乱魚

 

皇居見ながらもきのうのテロよぎる

  こんばんは Rさん
 今日は篤姫の江戸城、皇居を見学してきました。早稲田の稲穂会という同級グループでの企画です。幹事の星野寛君が見学の手続きをしてくれました。見学者は300人を越え、案内人が3人つきました。運よく好天に恵まれました。

 お昼に皇居前のプラザ・ホテルへ集合。今川が遅刻しましたが、ともかく合流、地下のレストランで幕の内弁当をとり皇居桔梗門へと向かいました。メンバーは石川瑛、北原彰、玉木賢三、中村久和、蓮沼弘志、宮口国枝君、斎藤剛志夫人の雅子さんと私の9人でした。

 桔梗門から富士見櫓、宮内庁庁舎、伏見櫓、二重橋などを見て、説明を受けました。二重橋を渡ったのが記憶に残りました。

 次は星野君の案内で皇居東御苑へと回りました。ここは旧本丸、二の丸に当たります。富士見多門、天守閣の跡、汐見坂、百人番所などで記念写真を写し、大手門から退出しました。大きな石垣が圧巻でテレビドラマの雰囲気に浸りました。ちなみに見学は無料、解説のパンフレットを頂きました。

 再びホテルのレストランに入り、皆さんはケーキとコーヒー、私はグラスのビールをもらいました。次回幹事に今川、斎藤君を決めて解散。次回は4月下旬ごろということになりました。

 気楽な服装で、ウォーキングシューズを履いたりしてきたのですが、けっこう草臥れました。

 ところで、今朝は卑劣なテロのニュースが新聞の1面に報じられました。昨18日、さいたま市の元厚生省事務次官山口剛彦夫妻が自宅で刺殺され、東京中野区でも元厚生省事務次官で社会保険庁長官を歴任した吉原健二氏の夫人が宅配便を装った男に刃物で刺され重傷を負いました。いずれも年金改革に関わった元事務次官でした。

 詳細はまだ分かりませんが、年金制度に不満を持つ者の仕業ではないかと言われています。不満があるからといって勝手に罪のない人を刺殺するような世の中は、正常ではないと思います。犯人が早く捕まることを願っています。
                   乱魚

雑用の雑に大事なことがあり

  こんばんは Rさん
 今日は、みなさんから奈良、城里での大会の写真を頂き、それぞれにお礼状を書きました。
 また、私の写真も焼き増しができてきましたので、これも短い手紙を添えて5、6人に当てて封筒に詰めました。

 一つは10月の流山一茶庵での講演のときの写真でした。もう一つは、奈良のお寺の観光のときのものでした。アルバムに整理していないものですから、袋のままたくさん写真がたまっています。

 喪中の葉書が来はじめていますが、生前のお付き合いの様子を思い起こしたりしています。大病をした自分のほうが長生きしていることが不思議に思えます。

 ブログ120か月の添削はなかなか進まなかったのですが、ようやく残り1か月分、25ページほどとなりました。

 日川協の川柳リーフレットの冒頭の文章が少し長かったようですし、原執筆者の目もあるので、大阪での校閲を頼みました。1つの冊子でも共同作業になると、手間がかかる代わりに、欠点が少なくなります。

 風呂上がりは豆乳にコーヒーを混ぜました。

 明日は、早稲田のクラス10人余りで、皇居前のホテルでお昼を食べ、そのあと宮城の見学をします。身分を示すものとして、パスポートを用意しました。天気になればいいのですが。

 田制 圀彦さんの連絡によると、先般NHK教育テレビ・スタジオから「メタボ」川柳の投句を頼まれ、時間もないので999八丁堀のメンバーに出してもらったところ、金銀銅を独占したとのことでした。ともあれめでたしでした。
                  乱魚

腰痛をかばいながらもマス目埋め

 こんばんは Rさん
 今日は昼13時30分から秋葉原で「シニア大楽」の講座が3時間ありました。12時に家を出るのですが、その前に日川協の初心者、学校向けのリーフレット冒頭の原稿「川柳とは」を仕上げて大阪にメールしました。

 構想はこの数日温めていたのですが、実際に書き始めると矛盾点や不均衡な点に気付くのです。結局平明にするために喜怒哀楽を読む五七五音の詩に絞りました。

 喜怒哀楽は、『分類語彙表』(国立国語研究所)から引くことにしました。同資料から、喜とはどういうことか、怒とは、哀とは、という説明へと導くのです。物事を体系的に把握することは難しいものです。

 一方、講座では「清い」という課題で句を作ってもらいました。川柳の課題としては難しい題です。それは人間があまり清くないということです。互選の最高点の句には、
 水清く星がきれいな地へ左遷   安藤
が選ばれました。

 12月から2月までの課題を決めて散会しました。大阪事務所に電話を入れると、上記のリーフレット用の原稿がちょっと長いとのことなので、調整は任せることにしました。

 ふと痛む腰をかばうとちょっとファイトがでません。

                  乱魚

川柳でエール交換する太田

  こんばんは Rさん
 昨15日は太田市へ1泊で出かけました。太平記の里全国川柳大会とその前夜祭でした。

 午前中に999人形町勉強会があり、それがすんでから行くはずでしたが、それをすっかり忘れ直接太田へ行きました。人形町のみなさんにはすまないことをしました。このところ多忙だったこともあるのですが、手帳に書いてある予定を忘れるのは呆け減少です。

 太田のほうもサクラロードに句碑の除幕式があったのですが、それには間に合いませんでした。前年度最優秀成績の者に句碑を建てることになっています。サクラロードは春に市民の憩いの地となります。毎年のことですからくひもたまってきました。

 前夜祭には清水聖義市長も顔を出されましたが、今日の大会にもきてご挨拶頂きました。市長によれば、太田市はロボットが音を立てており、工場出荷額は全国で神戸に次ぐ第2位であるが文化面でもがんばりたいとのことで、川柳大会はその一環として支援しているとのことで、川柳界としてはありがたいことです。

 本16日の大会では、私は「祝」の題を披講、最後に全体の講評を述べました。川柳は身近な今のことを述べると訴えが強い、時に土地柄のことも詠み、けもの道や修羅などすでに詠まれている言葉でなく、今日の言葉も読んで欲しい、また川柳人以外の人にも共鳴してもらえる句を作るように心がけたい、と述べました。

 帰りに村田倫也さんと、駅前の世界レストラン・ストリートにあるベトナム料理屋で、ベトナムのビールやワインを飲み、海鮮料理やバナナの天ぷらを食べてきました。

 帰宅すると、娘、小さい孫が来ていましたときどき気が向くと襲来してきます。娘は「ユーモア川柳傑作大事典」をもう一冊もらいたいといって持っていきました。誰かにあげたいらしいのです。買ってまではくれませんでした。
                  乱魚

 外山先生から緊急入院で予定延期のお葉書を頂き、ちょっと心配です。

朝刊をずたずたにするスクラップ

  あはようございます Rさん
 今日は太田に出かける前にふと思いついたことから。

 読売の15日付朝刊記事をいくつか破り取りました。切り抜くのではなく、ティア・オフするのです。辻井喬・堤清二回顧録「叙情と闘争」の日中友好の始まりの記事一面分がおもしろかったと思います。

 それから@ワシントンで14日から始まった20カ国・地域首脳の金融サミットの解説でポール・サミュエルソン・マサチューセッツ工科大学名誉教授と武藤敏郎大和総研理事長の解説、
 A佐山政樹読売編集委員の文化審議会国語分科会漢字小委員会の論議、葛飾の葛の字の中を人にするかヒにするかも問題、
 Bトップ記事「崩れる一汁一菜」についての熊倉功夫国立民族博物館名誉教授の解説も勉強になりました。

 ここ二、三日、ふとした拍子に腰が痛みます。運動不足かもしれません。湾岸戦争のあと、ウイーンに調査旅行に行った折ふとぎっくり腰になって困ったことを思い出しました。そのとき「シュテファンの鐘腰痛によくこたえ 乱魚」という句を作りました。寺院の鐘がグワングワンと鳴っていました。

 元の職場ワイスの職員の集まりが12月にあるので、古い写真アルバムをぱらぱらと見ました。このアルバムは事務所の整理のとき捨てる話が出ましたが、私が5、6冊持ち帰ったものです。ワイス創立パーティーの写真には経団連の故植村会長や山下英明通産次官も写っています。

 30年前の親睦会旅行での私の写真は、70キロ以上もあり、まるまると肥っています。このままの私であったら、恐らく脳か心臓を悪くして死んでいた、という娘の言葉が当たっています。癌様さまです。それにしてもこのアルバム、よく捨てずに持ち帰ってきたものです。

                  乱魚

川柳を定義初心に立ち返り

  こんばんは Rさん
 この齢になっても、困難が起きるたびに一つづつ利口になります。日川協の川柳リリーフの冒頭に「川柳とは」という文を書くことになりましたが、平易な言葉で短い定義を考えました。

 定義には、キーワードをいくつにするかということが大切です。川柳の定義には、上位に五七五音のリズム、テーマは人間、人情を詠み、社会を風刺、口語の詩、などを挙げました。

 中位には、世界最短、表現の自由、俳句との比較を、さらに下位には、喜怒哀楽の内容、などを挙げました。
まだ、書き終わらず15日午前中に送るという約束だけを固めました。

 奥原雨人さんの弔電を打ったら、NTTの回線故障で昨日は届かず、NTTから今日午前に届けたという報告がありました。弔電だからいいような、逆に電報の役に立たなかったようなで、結局電報料2100円は返してはくれないのでしょう。

 大阪の事務局から、21年度の助成金申請の文案を校閲して欲しいとの依頼があり、目的のところの文章が古くなっているところを削りました。例えば「20世紀初め」や「第2次大戦後」というところ。間違いではないのですが、戦後63年を経て、すでに21世紀になっているのですから。毎年同じようなことを書いていると、つい見過ごすのです。

 いわき市から立派な柳がれいが届きました。これは海の幸の味の中では最上位だと思っています。骨まで食べられるので身体にもいいはずです。失礼しました。

 明日は、群馬県太田市の「太平記の里全国川柳大会」に行く予定です。自動車生産で成長したこの市も、昨今のアメリカの自動車不況はどう響いているのか、ブラジル人雇用は大丈夫か、など市長さんとの話も気にかかるところです。
                  乱魚

年忘れの葉書に混じり喪の知らせ

  こんばんは Rさん
 毎日のように葉書がきます。多くは喪中の葉書です。義理の誰とかが死んで喪中というのは、遠いのではないか、また、今年の1、2月に亡くなったというのももう喪が明けているのではないか、とふと思います。

 今日は川柳のみなと番傘の仲間の訃報が届き、弔電を打ちました。93歳、老人ホームに入っておられました。あの人はあんな句を作っていたなと思いだします。

 今日あたりは忘年会の案内が来ています。元の大阪の職場の仲間の会はすでに辞めてからの年月のほうが何倍も長くなっています。2007年3月に辞めた職場の仲間からは今回初めて案内がありました。いずれもすぐに出席の返事を出しました。

 13日、午前中は新葉館の連載記事「ユーモア川柳を楽しむ」3ページ分の原稿を書いてメールしました。今回は、今年初めに句集『平成二十年』を頂いた新家完司さんのユーモア句を取り上げました。

 末吉哲郎さんからのハガキで、千葉に転居されたことと都立写真美術館の勤めを辞められたことを知りました。経団連時代から40年ほどの長い間お世話になりました。経団連時代に「行革川柳」募集の企画を氏に頼まれて選句と発表のお手伝いをしたのも今となっては懐かしいことです。

 よくお酒も飲みましたので、お返事には、また近くやりましょうと書きました。

 「番傘」誌の近詠投句5句をまとめました。今回は全国大会での祝辞や弔辞を述べる機会が多かったので、そのことを句にしました。

 「下野」誌の雑詠3句の投句もすませました。
 その他の宿題は明日に延ばしました。
                    乱魚

回り回って困った尻を持ち込まれ

  こんばんは Rさん
 さすがに11月も中旬になると薄ら寒いですね。居間は床暖房を入れ、書斎にはエアコンと電気毛布、長袖の下着を着ました。

 11日(火)午前はNTT社内報の課題「相談」の選句をしてコメントを書いて送付。午後は東京駅のサピア・タワーの10階で関西学院大学OBの川柳サロンへ。講座というより雑談のほうが多いのです。2時間余りよく笑いました。課題は「森」で、私が天に抜いたのは次の句でした。

 森林に企業戦士は生きかえり   阪

 松戸まで戻り、この日は18時30分から東葛出版懇話会の会合で作家林えり子さんの講演がありました。タイトルは「江戸のあれこれ」。江戸っ子14代の林先生の薩長嫌いや、江戸言葉の由来など、持前の歴史観によりとても面白いお話でした。出席者は36人。紹介者の私は、乾杯の発声を頼まれました。

 12日は、全国珍味連合会の「珍味川柳」について、先日選んだ上位13句の講評を書いて送りました。
 1位の句は、CHINMIがいつか国際語になる、といういう夢のある楽しい句でした。

 大阪からの連絡は、日川協で小中学校などに配る川柳の解説リーフレットの冒頭に、サトーハチローの詩「五七五で詠む」が一部引用されているので、岩手県のサト―ハチロー記念館に事前の了承を求めたところ、断られたという話でした。

 最近、著作権意識が高まっているので、無料では許可しない、ということかも知れません。また、森進一の歌「おふくろさん」の例のように原作を少しでも変えたり削ったりすることには厳しくなっているのでしょう。それにしても印刷物になってからのトラブルにならないでよかったと思います。これからも十分に気をつける必要があります。

 この日は、川柳マガジンに連載している「ユーモア川柳を楽しむ」の原稿に着手、明日午前中に3ページ分を書くことになります。さらに川柳解説リーフレットの冒頭の部分の代替原稿も仕上げて欲しいという大阪からの依頼にも応えなければならないようです。困った話は、最後私のところに回ってくるのです。
                    乱魚

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