本ブログご執筆者の今川乱魚先生が、4月15日に逝去されました。
75歳でした。
(社)全日本川柳協会会長等のご要職につかれ、川柳の普及と向上に尽力された先生の生前のご功績を偲び、しばらくの間、本ブログを公開のままとさせていただきます。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
2010年4月22日
新葉館出版スタッフ一同
本ブログご執筆者の今川乱魚先生が、4月15日に逝去されました。
75歳でした。
(社)全日本川柳協会会長等のご要職につかれ、川柳の普及と向上に尽力された先生の生前のご功績を偲び、しばらくの間、本ブログを公開のままとさせていただきます。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
2010年4月22日
新葉館出版スタッフ一同
こんばんは
本18日(木)朝目が覚めると、うっすらと雪が積もっていました。今年はこれで4日目です。かつて、出張の折、ワシントンで雪に降られたことを思い出しました。冬季五輪のカナダのことも想像しました。
バンクーバー・オリンピックが佳境に入っています。私のようなテレビの前のファンは、種目ごとに一喜一憂しています。この時ばかりは日本人を意識します。ダイナミックな滑降にも微妙なカーリングの技にも引き込まれます。
ブログに体調のことを書くと読まれてた方に心配をかけてしまいますが、このところそんな記事が多くなってしまいます。原因は来週の診察で分かるだろうと思います。毎朝の血糖値検査や薬の注射も少しずつ慣れてきました。
北國新聞川柳欄の入選句に順位をつけて、句評を書き、予備の句も選び、作業を済ませました。原稿は念のためにファックスもします。
昨17日(水)は、昼前に予約の歯科医へ行きました。手鏡で自分の歯を見せられ、3本ほど詰め物をして貰いました。あまり、強く噛んでもブラシで磨きすぎてもよくないという注意を受けましたが、老化しているということのようです。
写真のプリントをとってきて、妻と孫の写真に他愛なく喜びました。焼き増しして送ることにします。
乱魚
大学のクラス会などから案内が来ていますが、すぐ出席の返事はしにくく留保してあります。
こんばんは
ひどい痛みではないのですが、横隔膜のあたりが、呼吸をすると響くので、気になります。来週がんセンターの担当医、田原先生に診察の予約を取りました。
きょう16日(木)のテレビは、純粋な話をふたつ。1つはオリンピックのスピード男子500メートルで、長島圭一郎選手が銀メダル、加藤条治選手が、待望の銅メダルを取りました。本人もファンもうれし泣きをしました。
ロシア国籍を取ってフィギュアのペアに出場した川口悠子選手とロシアのアレクサンドル・スミルノフ選手組は惜しくも4位でした。
もうひとつは生命科学の分野。体内時計の研究に取り組む理化学研究所の上田泰己先生のドキュメントでした。小沢一郎民主党幹事長の政治資金規正法容疑の記事を見ていると、上記2件の話はいかにも清々しい人生の生き方に思えました。
この日、北國新聞川柳投句の選句をしました。また、消化器系の癌の医師と患者の会、アルファ・クラブの会報の巻頭エッセイの校正紙が届いたので、目を通して写真を添えて返送しました。1月号は巨人の王貞治さんの「術後3年 今、思うこと」という記事、3月号の乱魚は「癌さまさま」です。
乱魚
こんばんは
このところ5日連続で気温が10度以下を記録しています。真冬なら当たり前ですが、立春を過ぎると応えます。
朝から体調不良で床離れがよくありませんでしたが、思い切って起き出しました。シニア川柳講座は幹事の藤井さんに電話で欠席を届けました。当日のキャンセルは、多くの方にご迷惑をおかけするのですが、病気は仕方ありません。
若者たちはオリンピックに熱狂していました。残念ながら、どの種目もメダルにはもう一息でした。
平山繁夫さんから、お見舞状と柳誌を送って頂き、礼状を書きました。ほかにも2、3たまっていたお礼状を書きました。
3、4月の外出予定を手帳に書き込みました。
999番傘の田制 圀彦さんから督促のあった八丁堀の句会の近詠をメールしました。あまり出来もよくありません。
乱魚
こんにちは
バンクーバー・オリンピックに熱が入っています。昨13日の開会式では、女子スピードスケートの岡崎朋美選手が奇襲となり、選手団最年少・15歳の高木美穂選手が愛らしい笑顔を見せていました。
14日(日)の女子モーグル決勝では、日本期待の上村愛子が惜しくも4位となりました。女性陣の活躍が目につきます。
バンクーバーは、ぱしふぃっく・びいなす号(2万6500トン)のクルージングで川柳講座を行った際に2回立ち寄りましたが、きれいな街です。2007年6月~7月のクルージングのときには、1人でゆっくりと公園などを歩き、トーテムポールを楽しみました。その時には、アラスカでも下船し、氷河を見物しました。
昨13日から、毎日インシュリンの治療を始めましたが、改めて若い時にできることはやっておかないと、年をとっては時間ができても身体に故障が起きるということを実感しました。
ところで、インシュリンは膵臓から分泌されるホルモンです。ブドウ糖、アミノ酸、カリウムの取り込みを促進し、グリコーゲンの合成促進の働きをし、脂肪やタンパクの代謝にも作用し、結果として血糖を減らすので、糖尿病の治療に用いられと言われます。
話は別ですが、昨13日の朝日夕刊には、1960年に「アンネ・フランクの家博物館」が開館して以来「アンネの日記」を守ってきたアムステルダムのミープ・ヒースさんが100歳で亡くなられたことが出ていました。
かつて、運河の多いアムステルダムの街を訪れたとき、私もアンネ・フランク一家の家を見学しました。ナチスのユダヤ人迫害を逃れての隠れ家での暮らしには歴史の悲惨さが刻まれていました。ヒースさんは命がけで「日記」を守ってきましたし、また、一家の隠れ家での暮らしを知る最後の生き証人でした。
きょう14日は、バレンタインデーですが、チョコレートには縁がありませんでした。木下愛日句集「愛日」からユーモア句をチェックしたほかは、何となく1日をごろごろと過ごしました。
乱魚
こんばんは
2月11日(祭)は一日在宅。朝、礒野いさむ、本田智彦両日川協理事から電話を頂きました。私が欠席した昨10日の理事会、総会が無事に済んだという報告でした。一泊してこれから大阪に帰るという東京駅からでした。
このところ気温の低い日が続きます。下野川柳会の川俣秀夫会長から、雑詠投句の督促を受けて、ファックスをしました。
12日(金)は午後13時、がんセンターを通じて、市立柏病院の島先生に予約があり、糖尿の診察を受けに行きました。家からはけっこう不便で、南柏までバス、北柏まで千代田線、そこからバスで病院前まで行きます。先生に状況をお話しした後、薬局からどさりとお土産を頂きました。
① 指から血をとって、血糖値を測る器具、その組み立て方も細 かい話でした。ふつうは短期入院して覚えるもののようです。
② 自分でインシュリンを腹に注射するための注射器と、その扱 い方の説明。12日分の薬も頂いてきました。
③ 13日から、毎朝食前に飲む薬も頂きました。
全部を覚えられるか不安になるほどでした。
帰りに書店で色紙などを買ってきましたが、家に着いたらどっと気の疲れが出ました。
きょう14日(土)は、カナダ・バンクーバー・オリンピックの開会式をテレビで見ました。バンクーバーはこの10数年の間にクルージングで2回立ち寄りましたが、きれいな公園やトーテムポールが記憶に残る待ちでした。
開会式は整然としていましたが、若者の溌剌とした動きが羨ましいばかりでした。日本選手団では最年少の中学生選手が目立ちました。明日からの競技も楽しみです。
日川協の清水厚実監事に電話して、理事会、総会で公益法人規則、教科書掲載問題の解説をしていたことに対して、お礼を述べました。
乱魚
こんばんは
きょう10日(水)は、昼から日川協の理事会、総会があり、今朝の今朝まで出席のつもりをしていましたが、腹部に痛みがあり、急遽津田暹理事と清水監事に電話をして、休むことにしました。大野風柳理事長や大阪の理事たちは既に上京中で、留守と分かっていたので連絡を諦めました。
理事会の議案については、大阪の事務局と電話で、公益法人規則の改正に伴う基本財産の活用について、事務所用物件を探していることを中間的に説明することにしました。
この日の午後、少し体調が回復したので北上の文学館の啄木特別展への色紙を書き直しました。結果は大してよくはなりませんでした。
離れの先の土止めの工事は、ブロックを積み終わりましたが、時間をおかないと全重量がかかるとまずいということで、残りは日を改めることにしました。工事とはそういうものです。
この日、夜風呂に入ると、髪がまとめて抜けました。肝臓がんの薬の副作用に脱毛のことが書かれてありましたので、別に驚きもしませんでした。
昨9日(火)は、15時から東京駅のサピアで、KGサロンの講座でした。今年の干支「虎」の課題で30句ほど投句があり、新しい見学の方もこられました。
10日に市立柏病院への予約がありましたが、糖尿病の専門医のほうがいいであろうということで、12日に日延べとなりました。
体調が不全であると、なかなか予定もうまく消化できません。
乱魚
こんばんは
きょう8日(月)は、春のような穏やかな1日でした。離れの先の土止め工事に来ていた職人さんも、仕事が進んだようです。
このところ物忘れが多くなり、眼鏡、イヤホン、入れ歯などを所定の場所に置かないと、後で探し回ることになります。
テレビは衆議院の予算委員会の模様でした。自民党の質問者は、これまでの自民党の政策を棚上げして質問していますが、これは溜めにする話で、みっともないと思いました。
北上の現代詩歌文学館の企画展に出した色紙が、写真になってみると一層へたくそなので、書きなおすことにしましたが、どうも字が左に流れるのです。やはり腕の力が弱ったのでしょう。
日川協の本田事務局長と、基本財産活用の一つとして、中古マンションを購入して事務所借り上げ料を節約することで、案を話し合いました。今なら不動産価格も便利で安いところがあるようです。これには、総会の同意や文化庁の認可が必要です。
5日(金)は、沖縄からミカンやカツオ節、サーターアンダーギーという揚げ菓子を頂き、お礼状を書きました。
この日の新聞は、朝青龍が乱暴事件の責任をとって辞任したニュースと小沢一郎自民党幹事長が部下の政治資金規正法違反での逮捕について責任をとれないという記事の大見出しが躍りました。
大見出し 責めを負う顔負わぬ顔 乱魚
6日(土)は、次女の赤ちゃんを見に行きました。往復を娘婿さんが車で送り迎えしてくれました。赤ちゃんは目が見えないのにちゃんと意思表示をしていました。現在2800グラムあまりです。
留守中に東葛川柳会の会報「ぬかる道」の2009年の合本を江畑哲男代表が届けてくれ、お礼のメールを入れました。
高木義久君の7日のお通夜は、体調が良くなければ早稲田の仲間から無理して出なくてよい、と言ってもらい、甘えることにしました。聞けば何人かは体調不良とのことでした。
7日(日)には、天根夢草氏の依頼原稿、句集の書評を書き上げ送付しました。
乱魚
こんばんは
きょう8日(月)は、春のような穏やかな1日でした。離れの先の土止め工事に来ていた職人さんも、仕事が進んだようです。
このところ物忘れが多くなり、眼鏡、イヤホン、入れ歯などを所定の場所に置かないと、後で探し回ることになります。
テレビは衆議院の予算委員会の模様でした。自民党の質問者は、これまでの自民党の政策を棚上げして質問していますが、これは溜めにする話で、みっともないと思いました。
北上の現代詩歌文学館の企画展に出した色紙が、写真になってみると一層へたくそなので、書きなおすことにしましたが、どうも字が左に流れるのです。やはり腕の力が弱ったのでしょう。
日川協の本田事務局長と、基本財産活用の一つとして、中古マンションを購入して事務所借り上げ料を節約することで、案を話し合いました。今なら不動産価格も便利で安いところがあるようです。これには、総会の同意や文化庁の認可が必要です。
5日(金)は、沖縄からミカンやカツオ節、サーターアンダーギーという揚げ菓子を頂き、お礼状を書きました。
この日の新聞は、朝青龍が乱暴事件の責任をとって辞任したニュースと小沢一郎自民党幹事長が部下の政治資金規正法違反での逮捕について責任をとれないという記事の大見出しが躍りました。
大見出し 責めを負う顔負わぬ顔 乱魚
6日(土)は、次女の赤ちゃんを見に行きました。往復を娘婿さんが車で送り迎えしてくれました。赤ちゃんは目が見えないのにちゃんと意思表示をしていました。現在2800グラムあまりです。
留守中に東葛川柳会の会報「ぬかる道」の2009年の合本を江畑哲男代表が届けてくれ、お礼のメールを入れました。
高木義久君の7日のお通夜は、体調が良くなければ早稲田の仲間から無理して出なくてよい、と言ってもらい、甘えることにしました。聞けば何人かは体調不良とのことでした。
7日(日)には、天根夢草氏の依頼原稿、句集の書評を書き上げ送付しました。
乱魚
こんばんは
昨2月3日(水)も一昨日来の寒波で10度を切る寒さでした。表に出るときはマスクをして行きました。
2日(火)は「マガジン」の連載原稿を書いてメールをしました。川上大輪・富湖夫妻の句集からは、結果的に富湖のユーモア句をたくさん取ることになりました。
3日(水)朝からがんセンターへ行って、採血、医師の診断を受けました。午後抗癌剤の点滴の予定でしたが、血糖値が高くなっており、危険であるという判断で、中止となりました。先に血糖値を下げる治療を市立柏病院で受けてからのこととし、予約取りに入りました。
抗癌剤を打つと免疫力が下がるので、バイ菌に侵されやすくなり、危険なのです。無駄足で帰宅してからも、何となく落ち着きませんでした。下腹の具合がよくなく、6日の早稲田の集まりにもキャンセルを入れました。
4日(木)も小雪がつもり、寒さが続きました。
この日、民主党小沢一郎幹事長の秘書が政治資金規正法で検察庁に拘束されましたが、肝心の小沢氏は、疑いが立証できないということで不起訴となりました。
久しぶりに「疑わしきは罰せず」という刑法の大原則を思い出しましたが、市民感覚では、ちょっと釈然としません。親分が何も知らないということは、常識ではありえないからです。
一方、横綱「朝青龍」は、初場所中に夜、酒を飲んで知人に暴力を振い、責任を問われていましたが、4日の理事会に自ら辞表を出して承認されました。モンゴルから来て29歳。25場所優勝などの記録があり、惜しいことをしました。記者会見では涙を拭っていました。
夕方、早稲田同級の高木義久君の訃報がもたらされました。7日(日)がお通夜とのこと。同級生の15人で、「いなほ会」という親睦会を作り、卒業後も飲み会や旅行などでご一緒しましたが、高木君は最近病気がちでした。これでいなほ会も3分の1が亡くなりました。残念です。
乱魚